令和8年度税制改正~暗号資産課税の射程と限界~
令和8年度税制改正において、個人の暗号資産取引に係る課税関係が見直され、一定の暗号資産取引から生ずる所得について、申告分離課税の枠組みが導入されることとなりました。従来、暗号資産取引に係る利益は総合課税の対象として原則的に雑所得に区分され、所得水準によっては最大約55%の税負担となり得る点が長年指摘されていました。
今回の改正はそういった点を背景として、一定の暗号資産を「資産形成に資する金融商品」として位置付け直し、税制上も一定の整備を図るものと整理できます※1。
もっとも、今回の改正は暗号資産取引全般を一律に分離課税化するものではなく、適用対象が明確に限定されている点が最大の特徴です。すなわち、申告分離課税の適用対象となるのは、「特定暗号資産」※2を、「暗号資産取引業者」※3を通じて譲渡した場合等に限られています※4。
したがって、特定暗号資産に該当しない暗号資産の譲渡や、暗号資産取引業者を通じない取引(例えば、暗号資産取引業者の登録を受けていない海外の事業者を通じた取引、DEXを通じた取引、個人間の直接取引等が挙げられます。)については、申告分離課税の適用対象外として残ることになります。
申告分離課税が適用される取引については、税率が20.315%に統一され※5、一定の要件の下で3年間の損失の繰越控除が認められるなど、株式等と類似の課税枠組みが導入されます。これらの点は納税者にとって分かりやすいメリットといえますが、特定暗号資産の現物取引に係る所得については、上場株式等の譲渡損益や、特定暗号資産デリバティブ取引を含む先物取引等に係る損益との通算は認められていない点には留意が必要です※6。
他方、申告分離課税の適用対象とならない暗号資産取引から生ずる所得は、総合課税の対象として、事業所得、雑所得又は新たに譲渡所得に区分されうることになります。ただし、譲渡所得に区分される場合でも、従来の総合譲渡所得に認められる①50万円特別控除、②長期譲渡所得に係る2分の1課税、③他の総合課税所得との損益通算といった税制上の恩典はいずれも適用しないこととされています。
また、従前は雑所得に区分されていた暗号資産の譲渡(営利目的ではなく、棚卸資産でもない暗号資産の譲渡)による所得が譲渡所得に区分されますが、これにより他の雑所得との通算ができなくなり、実質的に税負担が増加して従前より不利となる場合も想定される点には留意が必要です。
なお、暗号資産取引業者の登録を受けていない海外の事業者を通じた取引が、申告分離課税の適用対象外となることで今後大きく減少するかといえば、必ずしもそうとは言い切れません。投資家は税負担の観点からだけではなく、取扱銘柄の多様性や流動性、サービス内容等も踏まえて取引の場所を選択するからです。
もっとも、税制上のメリットを重視する投資家については、申告分離課税の適用を受けるべく国内の規制下にある事業者を選択するインセンティブが働き得るため、結果として国内市場が一定程度活性化する可能性もあります。今回の改正は、投資家保護や取引の透明性確保という観点から、規制の及ぶ取引環境へ投資家を誘導する政策的な色彩も帯びているものと考えられます。
また、今回の改正とは別に、令和6年度税制改正に基づき令和8年1月1日から暗号資産等報告枠組み(CARF)が施行されています。各国税務当局間の情報交換も令和9年以降順次開始される予定で、暗号資産を取り扱う海外の事業者を通じた取引情報を課税当局が把握しやすくなります。課税当局による海外取引の把握が困難であることを前提にした申告姿勢は、今後ますますリスクが高まるものと考えられ、適正申告と記録管理の重要性は一層増していくものと思われます。
暗号資産を巡る税務は、金融法制の見直しと一体で制度転換期にあります。今回の改正は、納税者にとって有利な側面と不利な側面の双方を併せ持つため、納税者としては、自己に有利な取引経路の選択を視野に入れつつ、取引に応じた課税方式による申告を行っていく必要があります。

※1 申告分離課税の適用開始日は、金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案(以下「金商法等改正法案」といいます。)の施行日の属する年の翌年1月1日とされています。金商法等改正法案は令和8年4月10日に閣議決定・国会提出済みであり、今国会で成立した場合、同法案の施行日は令和9年中が見込まれています。その場合、申告分離課税の適用開始日は令和10年1月1日となる見込みです。
※2 所得税法等の一部を改正する法律(令和8年3月31日公布、翌4月1日施行。以下「所得税法等改正法」といいます。)によれば、金融商品取引法第2条第49項に規定する暗号資産(その名称が同法第29条の2第1項第11号イに掲げる事項として同法第29条の3第1項に規定する金融商品取引業者登録簿に登録されているもの(その取引の状況その他の事情を勘案して財務省令で定めるものを除く。)その他の財務省令で定めるものに限る。)と定義づけられています(金商法等改正法案の成立、施行を前提とします。)。
※3 所得税法等改正法によれば、金融商品取引法第2条第9項に規定する金融商品取引業者(同法第28条第5項に規定する暗号資産取引業を行う者に限る。)と定義づけられています(金商法等改正法案の成立、施行を前提とします。)。
※4 特定暗号資産を原資産としたデリバティブ取引から生ずる所得は、先物取引に係る雑所得等の課税の特例(租税特別措置法第41条の14第1項第2号)により申告分離課税の適用対象とされていますが、本稿では詳述しません。なお、特定暗号資産を対象としたETFについても、投資信託法施行令の改正等を前提に、将来的に申告分離課税の対象とされることが予定されています。
※5 所得税15%及び住民税5%に、復興特別所得税等を加えた合計税率が20.315%となります。なお、現行の復興特別所得税の税率は基準所得税額の2.1%ですが、申告分離課税の適用開始時点においては、復興特別所得税の税率は基準所得税額の1.1%に引き下げられ、新たに防衛特別所得税(基準所得税額の1.0%)が課される形となります。
※6 特定暗号資産の現物取引同士の通算は可能であり、事業所得、譲渡所得又は雑所得の間で相互に通算することも認められています。
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