2009年1月28日

固定合意の相当な価額と贈与税の評価額が異なる場合の取扱い

 事業承継目的で後継者に生前贈与をする場合、相続紛争を防止するため、経営承継円滑化法に遺留分に係る「固定合意」の制度の活用が見込まれていますが、この合意価格については、「合意の時における価額(弁護士、弁護士法人、公認会計士(公認会計士法第16条の2第5項に規定する外国公認会計士を含む。)、監査法人、税理士又は税理士法人がその時における相当な価額として証明したものに限る。)」であることが必要とされています。

 この評価証明は、中小企業庁が中心となってとりまとめられた「経営承継法における非上場株式等評価ガイドライン」に従って評価することになります。このガイドラインは、国税庁方式とは異なる一般的な株式の評価方法を原則とすることを明らかにしています。

 そうすると、生前贈与時点の贈与税の評価額と固定合意の評価額が異なることが想定され、課税実務上どのように取り扱うべきかが問題になります。

 そこで、以下のケースにつき、検討します。

①生前贈与時点の贈与税株式評価額が100、固定合意の証明額が500

②生前贈与時点の贈与税株式評価額が100、固定合意の証明額が50

 ①のケースでは、贈与税の評価額(100)が固定合意の合意時時価(500)よりも低くなっています。贈与税の申告では、贈与税評価額による100で申告をすればよいことになりますが、税務署により高い価格の500で課税すると言われるリスクがあります。

 この場合、税務署は評価通達の総則6項「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」を根拠に、高い評価額500による課税を主張すると思われますが、ここで参考になるのが、東京地裁・平成17年10月12日判決です。

 同判決は、前オーナーであった会長から非上場株式を配当還元価格で売買により購入した事案について、本件取引より前に配当還元価格の7倍から8倍の金額での売買実例があることを根拠として、本件取引は著しく低額な譲渡に該当し、これが相続税法7条の「みなし贈与」にあたるとして争われたもので、最終的には、税務署が敗訴しています。

 この判決の中で、東京地裁は、『相続税法7条にいう「時価」とは、同法22条にいう「時価」と同じく、財産取得時における当該財産の客観的交換価値、すなわち、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解される。この点は、評価通達にも記載されているとおりである。ところで、財産の客観的交換価値は、必ずしも一義的に明確に確定されるものではないことから、課税実務上は、原則として、評価通達の定めによって評価した価額をもって時価とすることとされている。これは、財産の客観的交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方法、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的、かつ、大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあること等から、あらかじめ定められた評価方法により画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であるという理由に基づくものである。したがって、評価通達に定められた評価方法が合理的なものである限り、これは時価の評価方法として妥当性を有するものと解される。』

と評価通達による評価の趣旨を説明し、

「本件株式の評価については、評価通達の定めに従い、配当還元方式に基づいてその価額を算定することに特段不合理といえるような事情は存しないことは既に説示したとおりであるにもかかわらず、他により高額の取引事例が存するからといって、その価額を採用するということになれば、評価通達の趣旨を没却することになることは明らかである。したがって、仮に他の取引事例が存在することを理由に、評価通達の定めとは異なる評価をすることが許される場合があり得るとしても、それは、当該取引事例が、取引相場による取引に匹敵する程度の客観性を備えたものである場合等例外的な場合に限られるものというべきである。」として、評価通達以外による評価額による課税について消極的な姿勢を示しています。

 この判決から考えると、固定合意の価格は、あくまで、親族間の合意価額に専門家がその相当性を証明したものにすぎず、客観的な取引価額とはいいがたいものです。そのため、①のケースにおいて、税務署が総則6項を根拠に高い評価額で課税を行うのは困難だと思われます。

 しかし、税務署の担当官によっては、「専門家の評価証明がある以上それが時価」だと主張してくる可能性も大いにあるため、通達等で課税庁の方針を明らかにすることが必要だと考えます。  では、②のケースではどうなるでしょうか?贈与税の申告を高い贈与税の評価額100で行うには何らの問題は生じません。逆に低い固定合意の評価額50で申告することは可能でしょうか?

 この問題は、不動産のバブル崩壊時において「路線価>時価」となったときに議論された問題と同じです。すなわち、評価証明額が適正な時価であれば、その低い方の価額で申告することは可能です。このことは、不動産の時価鑑定により路線価以下の評価額で贈与税の申告を行うことが可能なことと同様です。ただ、税務署は、簡単に低い評価額となる時価申告を認めてくれませんから、評価の合理性を十分に主張する必要があります。  また、当初申告で行うか、更正の請求で行うかについても検討が必要でしょう。加算税リスクを避けるためには、更正の請求による還付請求方式が安全ですが、当初申告で行う場合に比べて、立証責任が納税者に移ることから結果的に認められる可能性は低くなります。

 いずれにせよ、事業承継税制の抜本改正で、生前贈与時に利用が見込まれる固定合意ですが、贈与税の申告を念頭において、慎重な価格の合意が必要とされます。

2009年1月28日(担当 後 宏治)

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