2008年5月28日

信託を利用した事業承継について~指図権の有効活用~

1.後継ぎ遺贈型の受益者連続信託を利用した事業承継
 経営者の最後の仕事は事業承継です。

 その際、例えば、「兄の死亡後はともに事業を大きくしてきた弟に事業を承継させ、その間長男には経営者としての力をつけてもらい、弟の死亡後は長男に事業を承継させたい」といった要望がありうると思われますが、民法上、後継ぎ遺贈は一般に無効と解されていたため、弟が兄の子供ではなく自分の子供に事業を継がせてしまうことを阻止できず、実施に踏み切ることはなかなか困難でした。

 このような要望を実現するために信託法に明記されたのがいわゆる「後継ぎ遺贈型の受益者連続信託」(信託法91)です。

 手続としては、信託契約等で、

・兄は、自己が所有するA社の株式を信託し、信託受益権(A社の配当を受ける権利等)を取得する。

・信託受益権は、兄の死亡後は弟が、弟の死亡後は兄の長男が取得する。

 といった定めをすることになります。この制度を利用する利点は、A社株式の管理が信託銀行・信託会社等の受託者に委ねられるため、兄の意志が尊重されることにあります。

 ところで、この事業承継には税務上問題があります。「後継ぎ遺贈型の受益者連続信託」の課税関係については、受益者連続型信託にかかる税制として整備されていますが、この例の場合、兄から弟への遺贈、弟から兄の長男への遺贈として2度相続税が課されてしまいます(相法9の2②)。(この点については、2007年9月26日付のUAPレポート「『後継ぎ遺贈型の受益者連続信託』の代わりとして注目される『負担付遺贈』」もあわせご参照下さい。)

2.受託者に対する指図権を利用した事業承継

1世代の事業承継で2度の相続税課税はなんとか避けたいところであり、そこで活用できるのが、受託者に対する指図権の設定です。指図権とは信託財産の管理又は処分に関して受託者に対し指図を行う権利であり、信託法に規定はありませんが、信託契約により委託者又は受益者に付与することができる、と解されています。信託により株式の所有者(=議決権者)は受託者となりますが、受託者の株主総会での議決権の行使に関する指図権を有することで間接的に株主総会での意思決定を支配することができます。

先の例を若干アレンジし、
・兄は、自己が所有するA社の株式を信託し、信託受益権(A社の配当を受ける権利等)を取得するとともに、受託者に対する指図権を留保する。

・信託受益権は、兄の死亡後は兄の長男が取得する。

・指図権は、兄の死亡後は弟が、弟の死亡後は兄の長男が取得する。

 とすると、兄から兄の長男への信託受益権の遺贈についてのみ相続税の納税が発生し、弟は指図権を有することで存分に経営に当たることができます。

「会社を大きくしても最終的には兄の長男のものになるため弟に会社経営のインセンティブが働かない」、「指図権を有するのをいいことに弟が自分に多額の役員報酬を支給する、配当をしない、事業の主要な部分を自分の会社に譲渡してしまう。」等、気にされる向きもあるかもしれませんが、そういった場合には、信託契約等に「一部信託受益権を(停止条件付で)弟(又は弟の子供)が取得する」、「事業譲渡等の決議についての指図権は兄の死亡後直ちに兄の長男が取得する」といった定めを置くことで対処することが可能かと思われます。

信託法に規定する様々な類型の信託や会社法に規定する種類株式、今後導入が予定されている事業承継税制等、事業承継のための道具立ては揃いつつあるように思われます。今後、実務での活用が期待されます。

2008年5月28日(担当:吉岡純男)

ページトップへ