2008年5月28日

受益者連続型信託の元本受益権の評価額はゼロ

 以前からの相続対策には、不動産等に信託を設定し、信託受益権を収益受益権と元本受益権とにわけ、収益受益権は生活保障のため配偶者等に承継させ、元本受益権は資産承継者としての子供に承継させる実務があります。

 ここで、収益受益権とは、信託財産の管理・運用・処分により生じた不動産賃料等の収益を信託配当として受託者から受領する権利です。また、元本受益権とは、信託終了時に受託者から残余財産の返還を受ける権利です。

 元本受益権者が子供であるなど配偶者の相続人であるなら特に問題ないのですが、この方式では、「後妻の生活保障を実現し同時に先妻の子供に資産を承継させる」という被相続人の意思を実現することは不可能です。というのは、信託契約等でうまく工夫しなければ、後妻が承継した収益受益権は後妻の死亡によりその相続人に原則として承継されるため、先妻の子供は完全な権利を保持することができないからです。

 そこで、活用が見込まれるのが、受益者連続型信託です。後妻の生存中は収益受益権を後妻に与え、後妻が死亡したときには先妻との子供に元本および収益受益権を与える旨を信託契約に定めます。

 この場合の課税関係を整理する上で注目すべきは、受益者連続型信託における収益受益権および元本受益権の評価です。
 違いを比較するため、まず、受益者連続型でない場合の通常の信託における、収益受益権と元本受益権の評価を見てみると、次のとおりです(評基通202)。

① 収益受益権は、課税時期の現況において推算した受益者が将来受けるべき利益の価額ごとに課税時期からそれぞれの受益の時期までの期間に応ずる基準年利率による複利現価率を乗じて計算した金額の合計額で評価する。

② 元本受益権は、信託財産全部の価額から、①により評価した収益受益権の評価額を控除した価額で評価する。

 たとえば、現在80歳の配偶者が10年間、相続税評価額1億の不動産から賃料等より信託配当を毎年5百万円受け取ると推算された場合、収益受益権の評価額は約47百万円、元本受益権の評価額は1億-47百万円=53百万円となります。
 これが、受益者連続型信託となると、各受益権は次のように評価されます(相基通9の3-1)。

① 受益者連続型信託で、かつ、受益権が複層化された信託に関する収益受益権の全部を適正な対価を負担せず取得した場合の収益受益権は信託財産の全部の価額で評価する。

② 受益権が複層化された受益者連続型信託に関する元本受益権の全部を適正な対価を負担せず取得した場合にはゼロで評価する。

 同じ例では、後妻が取得する収益受益権は信託不動産の時価1億円で評価され、先妻の子供が取得する元本受益権はゼロで評価されます。

 収益受益権者は、実際には47百万円しかもらえないのにもかかわらず、1億円の評価で相続税が課されます。元本受益権者は、実際には53百万円のものをもらいますが、評価がゼロなため、相続税は発生しません。

 一見、元本受益権者に非常に有利な規定にも読めるのですが、実は、この課税の仕組みは元本受益権者にとっても不利な規定になっています。

 すなわち、後妻が死亡したときに、収益受益権は元本受益権者である先妻の子供に承継され相続税が課税される(相続税法9条の2④)のですが、そのときの相続税の評価額がやはり1億円(厳密には後妻死亡時点での相続税評価額となります。)なのです。さらに、その場合、一親等の血族及び配偶者以外のものへの相続となるときには2割加算がなされます。

 結局、1世代の資産承継に際して、受益者連続型信託では、被相続人→後妻→先妻の子供とすべて1億の財産が相続したこととみなされ、二重課税状態が生じてしまいます。

 では、なぜ、このような評価の仕方が「相続税法基本通達」で規定されたのでしょうか?
 それは、相続税法第9条の3①で、受益者連続型信託についての贈与税又は相続税の課税上、受益者連続型信託に関する権利(収益受益権が含まれるものに限る。)にその受益者連続型信託の利益を受ける期間の制限その他の当該受益者連続型信託に関する権利の価値に作用する要因としての制約が付されているものについては、その制約は付されていないものとみなされるからです。

 つまり、収益受益権に付された制約は無いものとみなして課税するのですが、これは、元本受益権が複数人に移転することが想定されている受益者連続型信託において、現実にある特定の元本受益者に残余財産が帰属するかどうかは不明確なため、いったん、収益受益権者に全部の課税を行い、元本受益権者には現実の残余財産が分配されたときに課税を行おうという趣旨で立法されています。

 例えばA→B→Cと元本受益権が移転されて、Cが現実に残余財産の分配を受けたとすれば、AおよびBはなんらの財産も帰属していないことになります。AとBの担税力を考慮すると、彼らには課税をせず、収益受益権者に全部の課税をいったん行うこととし、その上で、現実に財産が帰属した時点でCにみなし課税を行うのです。

 このように、受益者連続型信託で受益権を分割して承継させると税負担が重くなり、極めて不利になります。

 先の例では、後妻は47百万円の権利しかもらっていないのに1億円の相続財産として課税されますが、これは現実的に妥当ではないでしょう。だれも受益以上に税負担を強いられることはあってはならないからです。

 また、受益者連続型信託の受益権も信託受益権なので、既存の評基通202との適用関係も問題になります。財産の適正な時価を算定する「評価」が、政策的に定められたみなし規定により影響を与えられる事態は決して望ましいものではないでしょう。

 せっかくの受益者連続型信託ですが、受益権の分割と同時に用いると税負担が重くなるため、別のやり方で工夫する方がいいようです。

2008年5月28日(担当:後 宏治)

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