2019年1月16日

配偶者居住権、負担付遺贈と受益者連続型信託

 夫が死んだ後、妻に安心して老後を過ごしてもらうため、自宅に終生住み続けることができるようにした上、できるだけ多くの財産を残してあげたいと考えるのは自然なことです。

 しかし、遺留分の制約や均分相続の要請等により、自宅の全部または一部を、子供など妻以外の相続人に承継させざるを得ない場合もよくある話です。

 こうしたニーズに対応して民法が改正され、配偶者居住権制度が新たに創設されました。

 配偶者居住権とは、配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物を対象として、終身または一定期間、配偶者に建物の使用を認めることを内容とする法定の権利をいいます。配偶者は、①遺産分割または②遺言によってこの配偶者居住権を取得することができます。これにより、配偶者は自宅を相続しなくても、住居の心配をすることなく、より多くの財産を取得することができるようになります。

 民法改正後は、自宅を妻に終生住まわせる方法として、①配偶者居住権を妻に与える、②自宅は遺言により子供に相続させるが同時に妻が死ぬまで妻に使用させる義務をその子供に負わせる、③遺言により自宅を妻にいったん相続させるが妻死亡後には同じ遺言により子供に相続させる、という3つが考えられます。すなわち、①配偶者居住権、②負担付遺贈、③受益者連続型信託という3つの制度によりこうしたニーズをかなえることができるようになります。

 課税上問題となるのは、妻が有する自宅に住む権利の評価、その裏返しとして子供が負担する妻を住まわせるという義務の評価です。

 この点、配偶者居住権の相続税評価に関して、平成31年度の税制改正により、配偶者居住権の評価方法が明らかになりました。

 その基本的な考え方は、①相続時の建物敷地の時価を、妻が取得する「配偶者居住権」と子供が相続する「負担付き所有権」に分割する、②「負担付き所有権」の評価は、負担消滅時までは子供はその建物敷地を利用できずその期間の収益可能性を割り引く必要があることから、配偶者居住権が消滅した時点の建物敷地の価値を算定し、これを現在価値に引き直すことにより求める、というものです。

 例えば、自宅敷地に係る配偶者居住権を75歳の妻が相続し、その負担付きの建物敷地を子供が相続した場合、75歳の妻の平均余命は15.79年※1であるため、配偶者居住権は15年後に消滅すると見積もられます。

 この場合の負担付き所有権の評価額※2は、15年後の自宅の金額を民法の法定利率である年3%の複利現価率(=0.642)で現在価値に引き直すことにより求めます。そして、その負担付き所有権の評価額を、建物敷地の相続時の時価から差し引くことにより、配偶者居住権の価値を算定します。

 そうすると、自宅の時価を100とした場合、負担付きの自宅の価値が64.2、妻の権利=子供の義務=100-64.2=35.8となります。

 上記①~③のどの制度を利用しても、結果として、妻は終身の間自宅に住むことができ、子供においては妻の生存中は使用収益が制約されるものの妻の死後はその制約がなくなり自宅を完全に所有することができるようになる、という効果は同じです。

 しかし、課税関係は①~③では異なるので注意が必要です。以下、先の例をもとに具体的に考察してみます。

 まず、税務上の取扱いが明らかな②の負担付遺贈では、夫が子供に所有自宅を与えるが、その代りに、妻へ終身期間(先の例では15年間)、自宅の使用借権を与えよとして遺贈しますので、子供は負担がないものとした場合における自宅の価額(100)から確実と認められる負担額(35.8)※3を控除した価額によって相続税が課されます(相基通11の2-7)。この場合、妻は35.8の利益を遺贈により取得したこととなり、この35.8について相続税が生じます(相基通9-11)。ただし、負担が確実ではないと認定されると、控除する金額がゼロになり、子供は自宅の100について課税を受け、妻は課税を受けないことになります。

 次に①の配偶者居住権を利用した場合には、先の例で、妻は配偶者居住権の35.8に相続税が課税され、子供は自宅の負担付き所有権の64.2について相続税が課されることになります。

 ただ、①と②において不明なのは二次相続時の課税関係です。今後明らかになる法令通達で二次相続時の課税関係ははっきりすると予想されますが、現時点(2019年1月13日)では次のようになると想定されます。

 まず、①の配偶者居住権の評価は、現在価値への割引計算によって求めるので、時の経過に応じてその価値が減少し、その減少分は負担付き土地の価値の増加分へと反映します。

 しがたって、最初の評価の際の予想消滅時期よりも遅く二次相続が発生すると、配偶者居住権の価値は消滅しているため、二次相続時には特に課税が生じないものと考えられます。

 逆に予想消滅時期よりも早く二次相続が発生すると、その時点で計算された配偶者居住権の残存価値が自宅の取得者に移転するので、その取得者に相続税が課税されることになります。

 すなわち、先の例だと、夫が死亡してから15年経過前に妻が死亡した場合には、配偶者居住権の残価が移転することから子供に相続税が課されるますが、16年以上経過した後に妻が死亡した場合には、配偶者居住権は消滅しており、子供は相続税の課税を受けることはないと想定されます。

 ②の負担付遺贈の場合も、負担の評価を配偶者居住権と同様に行なうとすれば、二次相続時の課税関係は①と同じになると思われます。

 最後に③の受益者連続型信託については、過去のUAPレポート(2007年9月26日「「後継ぎ遺贈型の受益者連続信託」の代わりとして注目される「負担付遺贈」にあるように、夫死亡時に、妻に100、妻死亡時に子供に100のみなし相続税が課税されます。

 同じ経済的効果を生じさせるのであればいずれも同じ課税関係となるべきですが、自分の死後、配偶者を自宅に住まわせることを確実にしたい場合には、法制度により課税関係が異なることが予想されるので注意が必要です。

 配偶者居住権は、2020年4月1日から施行されます。メリットだけでなく、二次相続時に相続課税が生ずる可能性があること、子供は自分が住むわけでない建物敷地について相続税や固定資産税を負担しなければならないこと、などデメリットがある制度です。

 実務上、政令通達により課税関係が明確になってから、①~③の各制度の有利不利を見極めてた上で利用を考えることになるでしょう。

2019年1月17日 (担当:後 宏治)

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※1 平成29年簡易生命表による75歳女性の平均余命

※2 単純化のため建物の価値はゼロとし土地の価値だけで考えます。

※3 使用借権の相続税の評価方法は明確ではありませんが、本稿では配偶者居住権の評価額と同額であると仮定します。 

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