新マンション評価通達の基準日前の遡及適用はできるのか?
令和6年1月1日以後に相続等により取得した「居住用の区分所有財産」(いわゆる分譲マンション)の価額は、新たに定められた個別通達(以下、「区分所有通達」といいます。)により評価します。
区分所有通達により評価すると、ほとんどのマンションは改正前に比べて評価額が上昇しますが、築古のビンテージ・マンションなど、評価額が下がるものもあります。すなわち、築年数が相当古い一部のマンションは、旧評価通達ではなく区分所有通達で評価したほうが有利になります。こうしたマンションの所有者にとっては、今回の通達の新設が有利に働くことになるのです。
それでは、区分所有通達の適用基準日よりも前(令和5年12月31日以前)の相続等により取得したマンションで評価額が下がるものについて、新しい通達を遡及的に適用し、納税者が有利な評価額で申告することは可能なのでしょうか。
この問題について、法令通達等でその取扱い定めたものはありませんが、取引相場のない株式の評価の事案で納税者有利となる改正後通達の遡及適用を認めた判決※1があります。
この判決では、「一般に通達が改正された場合に、その適用が遡及されるべきか否かは、改正の理由如何に係るものと解すべきであり、従前の通達もその時点では合理的であつたが、時代の流れにそぐわなくなったに過ぎない場合は、遡及適用を否定すべきであるとしても、不合理性を修正するための改正である場合は、むしろ遡及適用を肯定するのが相当である」と判示しています。
この判示を踏まえ、通達が納税者有利に改正された場合、その通達の内容が合理的であって従前より適切な内容に改めたものであるならば、改正後の通達が法令の解釈・適用としてより妥当であると考えられるため、それを遡及的に用いることを妨げる理由は見出し難いとする見解※2 が有力です。
区分所有通達の新設は、マンション市場価格と相続税評価額の乖離を適正化するために行われた※3ものであり、その内容は統計データに基づく合理的なものです。
そうだとすれば、基準日前の相続等により取得したマンションについて、区分所有通達を遡及的に適用して評価し、申告することは認められると考えられます。したがって、何らかの理由で期限後申告する場合には、その申告が是認されることになりそうです。
なお、更正の請求が認められるかは上記とは別に検討すべき問題です。
というのも、解釈通達が納税者の利益に改正された場合の「後発的理由による更正の請求」規定の適用の有無について、過去の裁判例は消極的に解してきた※4からです。
しかし、平成18年度改正により、国税庁長官の法令解釈が納税者の有利に変更された場合には、更正の請求ができることとなったため、問題は立法的に解決されたといわれています※5。
すなわち、通達に示されている国税庁長官の法令の解釈が、裁決や判決に伴って変更され、変更後の解釈が国税庁長官により公表されたことにより、その課税標準等や税額等が異なることとなる取扱いを受けることとなったことを知った場合には、更正の請求をすることができるとされています(国通法23②三、国通令6①五)。
ところで、国税庁によると、区分所有通達は、「最高裁令和4年4月19日判決以降、当該乖離に対する批判の高まりや、取引の手控えによる市場への影響を懸念する向きも見られたことから、課税の公平を図りつつ、納税者の予見可能性を確保する観点からも、類似の取引事例が多い分譲マンションについては、いわゆるタワーマンションなどの一部のものに限らず、広く一般的に評価方法を見直す必要性が認められた※6」ことから新設されたものだとされています。
つまり、裁判等で争って課税当局が負けたため変更されたわけではないのです。そうすると、現行法令に定める次の要件、すなわち、法令の解釈が判決等に「伴って変更」された、という要件を満たすかどうかは微妙です。「伴う」の辞書的な意味は、「ある物事に付随して別の物事が起こる」とされており、「付随する」とは「主な事柄と密接に結びついていること」とされていることから、最高裁の判決と区分所有通達の創設が密接に結びついているといえるのであれば、更正の請求は可能ということになります。逆に、密接に結びついていないと判断されれば、更正の請求は認められません。
法令上の文言解釈からはその取扱いはっきりしません。ただ、「国税庁が不合理だと判断して適正に見直した通達にもとづいて、当初の申告をやりなおしたい」という納税者の要求を却下する実質的な理由を見つけることは、期限後申告の場合と同じく、難しいのではないでしょうか。ゆえに、更正の請求まで認めるべきだと思われます。課税当局から取扱いの明確化が望まれます。

※1 名古屋地裁平成元年3月22日判決
※2 渋谷雅弘「財産評価に関する通達の改正」税務事例研究 第207号41頁(2025)
※3 令和5年度与党税制改正大綱(令和4年12月16日決定)21頁
※4 金子宏『租税法(第24版)』973頁(弘文堂、2022)
※5 金子・前掲注4・973頁
※6 国税庁『「居住用の区分所有財産の評価について」(法令解釈通達)の趣旨について(情報)』別添3~4頁
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