土地の使用貸借を利用した節税策はなぜ否認されるのか?
使用貸借を利用して不動産所得を分散し、税負担を減らそうとした節税策が、裁判で否認された事例があります。
これは、土地の所有権に基づき駐車場賃貸事業を営んで賃料収入を得ていた親が、子との間で土地の使用貸借契約を結び、駐車場収入を子の所得として申告したところ、税務署が親の所得であるとして更正処分を行った事案です(大阪高裁令和4年7月20日判決)。
第一審の大阪地裁※1は、有効な使用貸借契約に基づき駐車場収入は子に帰属すると判断しましたが、第二審の大阪高裁は法形式にとらわれず、土地所有者である親に帰属すると判断しました。
この高裁判決は、「民法の使用貸借により、使用借主が無償で土地を借用し第三者に転貸した場合の不動産所得は、土地の所有者である使用貸主に帰属する」という従来からの課税実務上の取扱いに合致するものでした。
論点は、所有者と収益権者が分離された場合、資産からの収益は誰に帰属するかという点です。
所得税法上、実質所得者課税の原則(所法12)により、資産からの収益は私法上の真実の権利者に帰属するとされます(法律的帰属説)。通常、資産の所有者が真実の権利者となって収益の帰属者となります(所基通12-1)。
しかし、私法上の所有者と収益を受け取る権利者が異なる場合の帰属判定は、法令通達上明確ではありません。
第一審地裁判決のように、法形式を重視すれば収益権者に資産収入が帰属するとも考えられます。これに対し、現在の判例実務※2は、第二審高裁判決のように、法形式よりも私法上の実体や実質を重視し、実質所得者課税の原則を適用します。
判例実務では、収益権が分離された場合の収益の帰属について、所得税法には明確な定めがないと考え、契約やスキームの全体を総合的に考慮し、真実の法律関係、すなわち収益の実質的な支配者を特定します。そして、その実質的支配者を、所得の帰属主体と判断します。
本件では、取引目的、子の役務提供の有無、親子間の援助の必要性などが総合的に考慮され、無償による転貸の承諾というかたちで駐車場収入の受取権者を自由に決定できた親が、収益の実質的な支配者とされました。親が賃料収入を管理・支配している状況は変わらず、その実質的な支配力に基づいて収益を享受していると評価され、親に賃料収入が帰属すると判断されたのです。
このように、使用貸借において、貸主である親が依然として資産の所有者であり、かつ、収益の処分権限や実質的な支配力を保持していると私法上評価される場合、親に収益が帰属すると判断されます。本件では、親が土地からの収益をいったん得てから子に与えた、つまり贈与により処分したと評価されました。
こうした否認は「租税回避の否認」ではなく、「私法上の真実の法律関係または事実関係を認定」し、実質所得者課税の原則(所法12)に当てはめた結果と位置づけられます。税法独自の理論で納税者の行為や計算を否定したわけではなく、当事者の表示とは異なる事実を認定し、それに即して税法を適用した結果、納税者の節税が否認されたのです。
しかし、「真実の法律関係」等の認定は、きわめて慎重に行うべきというのが現在の通説的な理解です。
また、事実認定の判断要素やその重みづけが現行判例実務では不明確であり、何がきっかけで「真実の法律関係」等の究明が始まるのか、いかなる場合に契約が尊重され、いかなる場合に契約が無視されるのかもわかりません。
納税者からすれば、形式的には適法な契約であっても、実体や実質は異なると指摘されるリスクにさらされます。
納税者の予測可能性や法的安定性を確保するため、収益権が分離された場合の所得の帰属者の判定については、立法による解決※3が必要だと考えられます。
※1 大阪地裁令和3年4月22日判決
※2 社債と社債利子が分離した裁判例として東京地裁令和4年2月1日判決参照
※3 例えば、親子間の使用貸借から生ずる収益費用については資産の所有者のものとみなすという所法56と同様な規定を置くことや、借地権課税と同様に、現行実務では無償とされている使用借権の時価を適正に評価しその評価額で収益権を与えられた者に贈与税を課す、ということが考えられます。
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