2017年12月 1日

返還された有料老人ホームの入居一時金は本来の相続財産か

 有料老人ホームに入居するときには、一般に、入居一時金を支払う必要があります。入居者本人が支払った場合でその後相続が開始したとき、入居契約に基づいて計算された返還金が指定された受取人に支払われることがあります。

 その入居一時金の返還金について、「みなし贈与財産(相法9、経済的利益)」に該当するとの裁決※1が公表された後、「本来の相続財産」であるとする東京地裁※2・東京高裁※3の判決が出されました。

 判断が別れるポイントは、有料老人ホームの入居契約の解釈です。具体的には、入居者と有料老人ホームの事業者と間で締結されている契約書において、「入居者死亡時の返還金受取人欄」に「入居者以外の受取人」自身が署名押印していることをどのように解するかにあります。

 この点、死亡時の入居一時金の返還金を受取人に帰属させる意味だと解すれば、この入居契約は、贈与契約ではないものの、第三者のためにする契約となり、入居者の死亡を停止条件として、返還金請求権を受取人が取得します。そうすると、贈与によらず経済的利益を得たとして、受取人にみなし贈与課税が生じます。ただし、死亡した入居者の相続で他の財産を受取人が取得していれば、相続開始前3年内の贈与として相続財産に加算され、通常の相続税が課税されます。

 他方、返還金は入居契約の終了による原状回復又は不当利得として返還されることから本来の受取人は入居者であり、契約書に記載されている受取人は、入居者死亡時における事業者の返還事務の便宜のため、親族の代表者として指定されているだけだと解すれば、返還請求権は死亡した入居者に帰属する本来の相続財産になり、その返還請求権を相続した人に通常の相続税が課税されます。

 東京地裁・東京高裁は、後者の理由で本来の相続財産であると判断しました。この判決がリーディング・ケースとなり、今後は、返還された入居一時金はみなし贈与財産ではないと認定されることが主流になると考えられます。

 しかし、みなし贈与財産か本来の相続財産かは、個々の入居契約の内容によるので、解釈次第で結論が別れる可能性があります。ただ、どちらであっても、入居一時金だけでなく他にも遺産を取得するという通常の場合には、相続税が課されるという課税関係は異ならないので困ることはないでしょう。

 しかし、遺産分割トラブルを念頭に置くと、今後は対応に注意が必要です。

 例えば、孫などの相続人以外の人を受取人に指定すると、受取人は自分がもらったと思い込んでしまうでしょうが、本来の相続財産であると認定された場合には、相続人は受取人に返還を求め、遺産分割の対象とすることができるため、揉める可能性が大きくなります。

 逆に、みなし贈与財産であると認定された場合には、相続人以外の受取人に返還金は帰属し、遺産分割協議の対象とはならず、やはり相続人間のトラブルの元になる可能性があります。さらに、受取人がこの相続により財産を取得していなければ、相続開始前3年内の贈与加算がなされませんから、高額の贈与税課税がなされます。

 このように考えると、実務上、トラブル回避のため、有料老人ホームの入居一時金の死亡時返還金の受取人は、相続人のうちの一人としておくことが望ましいでしょう。さらに、みなし贈与認定のダメージを避けるため、返還金の受取人は、入居者死亡の相続時に遺産を別途取得しておくとなお安心です。

2017年12月1日 (担当:後 宏治)

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※1 国税不服審判所・平成25年2月12日裁決

※2 東京地裁・平成27年7月2日判決

※3 東京高裁・平成28年1月13日判決

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