2020年8月28日

債務超過会社株式の生前移転は贈与か売買か

 新型コロナ・ウイルス感染症の拡大により業績が急速に悪化している会社が増えています。事業承継の観点からは、ポスト・コロナにおいて業績が回復する見込みのある会社にとって、大きな赤字を計上し株価が下がったこのときが、後継者に自社株式を承継させる絶好のタイミングであると考えられます。

 では、評価額が大幅に低下した株式を後継者にトラブルなく移転するにはどうすればよいのでしょうか。債務超過会社で株価がゼロとなった場合を前提にその方法と注意点を検討します。

 株価がゼロなので、移転方法として最初に考えられるのは、自社株式を後継者に贈与することです。この場合には課税関係が発生しないので、税負担なく株式の承継が可能となります。

 ただし、後継者の他に共同相続人がいる場合には、遺留分の侵害に注意して実行することが必要です。なぜならば、贈与された自社株式は遺留分を算定するための財産に含まれることが通常であり、かつ、その額は相続発生時の民法上の時価により評価されるからです。

 現行民法では、共同相続人の1人への贈与は、①特別受益に該当し、かつ、②相続開始前の10年間になされたものであれば、遺留分を算定するための財産に算入されることになっています(民1044②③)。

 ここで特別受益とは、婚姻・養子縁組のため、もしくは生計の資本としてなされた贈与をいいます(民903①)。土地や高額な贈与は生計の資本であると推定されるので、自社株式の贈与は、遺産総額に占めるその割合がかなり小さいものでなければ、特別受益とされるのが一般的です。

 そしてその贈与が相続開始前10年内に行われていれば文句なく遺留分を算定するための財産に加算されますが、10年を超えていれば安心というわけでもありません。相続人間の公平の観点から、10年前の日よりも前の贈与であっても遺留分権利者に「損害を与えることを知ってなされた贈与」に当たれば、遺留分算定基礎財産に加算されることがありえます(民1044③、同①)。「損害を与えることを知ってなされた」かどうかは事実認定の問題ですが、共同相続人の1人に財産を集中させる目的などでなされたものは該当すると判断される傾向が強いようです。

 このように株価暴落のタイミングにおける贈与には相続発生時の遺留分侵害リスクがあるため、贈与前に遺留分の生前放棄等の対策を考えねばならず、手続き的に手間暇がかかり大変です。

 そこで、別の方法として自社株式の有償譲渡を検討されてはいかがでしょうか。本稿のケースでは、時価ゼロの株式を1円の備忘価額で後継者に売却するのです。時価で売買している限り、遺留分算定基礎財産に加算されることはありません。また、譲渡した旧株主に譲渡損が計上されるというメリットもあります。

 このような売買では、民法上の時価で譲渡することが大切で、低額譲渡(=不相当な対価による有償譲渡)に該当した場合、それが損害を与えることを知ってなされたときには、時価と対価の差額について遺留分算定基礎財産に加算されることになります(民1045②)。後日のトラブルを避けるためには、民法上の時価に関する説明資料(例えば、専門家による鑑定書)などを整備し保存しておくことをおすすめします。

 相続税評価額が大きく下がった時に後継者に株式を移動させる方法を検討する際には、相続発生時の遺留分トラブルの可能性をよく考えて、贈与とするか売買とするかを決める必要があります。

2020年8月28日 (担当:後 宏治)

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