2020年7月 8日

租税法の法令解釈通達の解釈は文理解釈が原則か?

 令和2年3月24日最高裁第三小法廷は、個人が法人に取引相場のない株式を譲渡したときの時価の算定方法について注目すべき判断を下しました。

 すなわち、通達の文言どおりの評価算定では足りず、通達の文言の一部については、法律の趣旨により読み替えて算定しなければならないことが明確になったのです。

 実務上、個人から法人へ譲渡した取引相場のない株式の時価については、所得税基本通達59-6に定める方法によって算定する必要があります。単純化して整理すると、所得税基本通達59-6による時価の計算は次のように行います。



(1)取引相場のない株式の譲渡時の時価については、次の4つの修正をすることを条件として、
財産評価基本通達にのっとって算定する。

(2)修正すべき4つの項目は以下のとおり(限定列挙)。
①配当還元評価ができる「同族株主がいる会社」の「同族株主」は、譲渡「直前」で判定
②中心的な同族株主がいるときは小会社に該当するものとして計算
③土地と上場有価証券は時価に洗い替えて計算
④含み益に対する法人税額等相当額は控除せずに計算

 争われた事例は「同族株主がいない会社」の株式譲渡であったので、限定列挙されている①には該当せず、所得税基本通達59-6の文言に従えば、財産評価基本通達を修正して計算する必要はなく、そうすると低い評価額となる配当還元価格で計算することができるはずでした。

 原審の東京高裁は、通達の文理解釈を重視して、納税者の主張どおり、財産評価通達を修正せずに算定された配当還元価格による所得計算を認めましたが、最高裁は、その高裁の判決を取消し、「同族株主がいない会社」の場合でも、財産評価基本通達を修正して評価することが必要であるとし、国を勝たせました。

その理由は、最高裁のHPをご覧いただくこととして、重要なのは、国税庁の法令解釈通達の解釈のあり方が明確になったことです。

 すなわち、東京高裁平成30年7月19日判決が示した「租税法規の解釈は原則として文理解釈によるべきであり、みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されないと解されるところ、所得税基本通達及び評価通達は租税法規そのものではないものの、・・・、課税に関する納税者の信頼及び予見可能性を確保する見地から、上記各通達の意味内容についてもその文理に忠実に解釈するのが相当であり、通達の文言を殊更に読み替えて異なる内容のものとして適用することは許されないというべきである」という判断が、最高裁により明確に否定され、「通達の文言をいかに文理解釈したとしても、その通達が法令の内容に合致しないとなれば、通達の文理解釈に従った取扱いであることを理由としてその取扱いを適法と認めることはできない。このことからも分かるように、租税法の法令解釈において文理解釈が重要な解釈原則であるのと同じ意味で、文理解釈が通達の重要な解釈原則であるとはいえない(最高裁宮崎裕子裁判官の補足意見)」ことが明らかになったのです。

 ある租税法規について、文理解釈によりその意味内容が明確であれば、国税庁の法令解釈通達はそもそも不要なはずです。租税法規の文理解釈では明確ではない点について通達が作成されているのに、その通達の文言を普通の人が普通に読んで誤解する部分があれば、納税者自ら誤解と気付き、さらに元の法規に戻って自ら解釈を行い、国税庁でも明確にできなかった通達の文言の読み替えを行うことが、今後必要とされることになります。

 確かに、法令解釈通達は、「法規命令ではなく、講学上の行政規則であり、下級行政庁は原則としてこれに拘束されるものの、国民を拘束するものでも裁判所を拘束するものでもない(最高裁宇賀克也裁判官の補足意見)」ので、国税庁の解釈にしばられる必要はないのかもしれません。

 しかし、実務上、通達は、納税者に対し事実上の拘束力を有し、かつ、税務行政における課税庁の方針と納税者の意思決定の橋渡しとしての役割を果たしています。

 こうした実態を踏まえると、これら補足意見で明らかにされた通達解釈のあり方には少々違和感を覚えます。通達の文言に従わないリスクは非常に大きく、その不利益を被る納税者が、通達で明示された文言についてその読み替えを独自の解釈により行うことは困難だと考えられます。それゆえ、現実的には、文理が明確な法令上問題のない通達制定を国税庁に期待するしかなさそうです。

 今回問題となった所得税基本通達59-6は、最高裁判決の補足意見で批判されたように、「分かりにく」く「改善がされることが望ましい」ものです。

 こうした批判を受け、国税庁は、パブリックコメント(意見公募手続き)の中で所得税基本通達59-6の改正案を明らかにしました。この案では、財産評価基本通達によって計算するという基本構造は維持したまま、最高裁の判決に係る部分のみの読み替え規定を追加したにとどまっています。所得税基本通達59-6には他にも読み替えが必要でないかと指摘される部分があるのですが、これらの部分については、何らの追加の規定はなく、従前どおりのままです。所得税の所得計算において、相続税に係る通達を借用するには限界があるので、抜本的な改正が期待されていたのですが、今回の改正案は、必要最小限のものにとどまります。それゆえ、近い将来、大幅な通達改正がなされる可能性も残っていると思われます。

2020年7月8日 (担当:後 宏治)

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