2019年7月 1日

遺言対象宅地に対する小規模宅地等の特例適用の留意点

 相続時に親族争いが生じ、相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまらず、宅地等が相続人等によって分割されていない場合、小規模宅地等の特例の適用はできません。ただし、申告期限までに分割されていない宅地等が、次のいずれかに該当することとなったときには、一定の書類を提出することにより、特例を適用することができます(措法69の4④)。

 ①申告期限から3年以内に分割されたとき

 ②申告期限から3年以内に分割できないことについてやむを得ない事情があり税務署長の承認を受けた場合で、分割できることとなった日として定められた日の翌日から4か月以内に分割されたとき

 いずれにせよ、相続税の申告期限までに遺産分割が調わない場合には、いったんは特例適用前の課税価格を基礎として申告・納税を行わなければなりません。

 このような不利な取り扱いを避けるため、一般的に有効な分割争いの防止策が遺言です。ところが、小規模宅等の特例の適用にあたっては、遺言だけでは不十分となる場合があるので注意が必要です。


 すなわち、この特例を適用するためには、特例の対象となる宅地等の選択をしなければならず(措法67の4①)、かつ、特例対象宅地等を取得した個人が1人である場合を除き、その取得した個人全員の同意が必要とされており、その選択同意書を相続税の申告書に添付することになっている(措令40の2⑤三)ところ、相続税の申告期限までにこの同意が得られず、結果として、この特例の適用が不可能になってしまうことがあるのです。

 例えば、特定の事業用不動産を事業後継者である相続人に遺言により相続させれば、その不動産は被相続人死亡の時に直ちに後継者に承継されます。しかし、遺言の対象になった宅地の他に選択可能な特例対象宅地等がある場合、これら宅地等について小規模宅地等の特例の適用を受けるためには、①その取得者が確定しているときには取得者全員による選択同意書の提出が、②未分割のときには共同相続人全員による選択同意書の提出が、それぞれ必要とされます。


 トラブルを回避するためせっかく遺言書を作成したのに、税務上、他の相続人の同意がないと特例の適用ができないということであれば、「紛争を回避させたい」という遺言者の希望の実現を、税制手続きが阻害しているということができます。

 この点、遺言により取得した宅地等については、共同相続人等の同意は不要であるとして、課税庁と争った事例があります。この事例では、遺言により分割された診療所用宅地と未分割の賃貸建物用宅地が遺産の中にあり、選択した診療所用宅地は分割財産の方であることから、賃貸建物用宅地の共同相続人らの同意は不要であると納税者が主張しましたが、判決では、同意が必要な財産には未分割財産が含まれるから、未分割遺産の中の特例対象宅地等に、相続人ら全員の選択同意書の添付がないこの事例においては、小規模宅地の特例の適用は認められないと判示しました(東京地裁・平成28年7月22日判決、東京高裁・平成29年1月26日判決)。

 したがって、遺言があっても、特例対象宅地等が複数ある場合には、宅地等の相続人間で小規模宅地等の選択について同意が必要となります。

 特例対象宅地等が自宅のみである場合や紛争の心配が無い場合には特に対策は不要です。しかし、選択できる宅地等が複数あり、かつ分割争いの可能性が高い場合で、小規模宅地等の特例を確実に適用したいときには、実務上、全ての特例対象地を1人の相続人に相続させる遺言を準備しておくことが大切になります。

2019年7月1日 (担当:後 宏治)

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