2018年10月26日

新しい特例納税猶予制度における個人に対する行為計算否認規定

 事業承継税制の特例措置として創設された新納税猶予制度は、これを上手に使うことで世代交代の税コストが一代に限りゼロになることから、多くのオーナー経営者の注目を集めています。

 この特例制度には、相続税法64条「同族会社の行為又は計算の否認」規定が読み替えの上準用されています(措法70の7の5⑩、70の7の6⑪)。具体的には次のとおりです。

①同族会社またはその後継者の行為・計算により、

②後継者、先代経営者その他特別関係者の相続税・贈与税が不当に減少するときに

③税務署長は、納税の猶予に係る期限を繰り上げ、または免除する納税の猶予に係る相続税・贈与税を定め、若しくはその相続税・贈与税の免除を取り消すことができる。

 ここで特徴的なのは、「会社」だけではなく、贈与や相続等により自社株式を承継した後継者「個人」の行為や計算までも否認の対象とされていることです。

 この規定には実務上の疑問がいくつかあります。すなわち、否認される行為の主体は同族法人と後継者だけなのか(行為主体)、個人のどのような行為が否認の対象となるのか(適用場面)、税金が「不当に」減少すると判断される場合のその基準はなにか(判断基準)、等について、実務上の疑問が生じます。

 しかし、従前の行為計算否認規定に後継者という「個人」が追加されたことに関する課税当局からの説明は一切ありません。そこで、準用元である相続税法64条の適用関係からこれらの疑問を考察してみます。

(1)否認対象となる行為主体
 まず、行為主体について、後継者は、多くの場合、一方的に自社株の贈与を受けまたは相続するだけなので、事業承継対策を行う行為主体は先代経営者であることが通常です。

 しかし、法令では先代経営者の行為は否認の対象とはされていません。では、先代の租税回避行為については否認されないと考えてよいのでしょうか。

 実は、相続税法64条の「同族会社の行為」には「同族会社を一方の当事者とする取引当事者の行為」が含まれる、と拡張して解釈されています。したがって、先代経営者が会社との取引により各種対策を行う場合には、この規定の準用により否認の対象となると考えられます。

(2)想定される適用場面
 次に、どのような場面が否認対象として想定されるのか、この点は現時点でははっきりしません。なお、相続税法64条による否認事例は数が少なく、類型的には、オーナーが相続直前に同族会社へ長期の地上権を設定するパターンと、同族会社が保有する「含み損を抱える不動産」を債務残高で、相続直前のオーナーに負担付高額譲渡を行い、課税遺産の圧縮を図るパターンくらいのものしかありません。事業承継税制の適用場面においては、個人所有の「事業に不要な資産」を会社に現物出資し、納税猶予の適用を受けることが、租税回避行為として考えられますが、この類型についてはすでに個別否認規定が設けられています。

 現時点では適用場面がはっきりしないため、課税当局が想定しているケースについての説明が期待されます。

(3)否認の判断基準
 最後に「税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」場合の判断基準について、相続税法64条の解釈では、①同族会社なるがゆえに容易になし得る行為・計算であること、②純経済人の行為として不合理・不自然な行為であることとされているので、これらによることが考えられます。

 しかし、営利の追求のために存在している法人と同じ基準を個人に適用することについては問題があります。親族等への情愛が色濃く反映する相続や事業承継の場面において、先代経営者等に経済合理的な行為をとることを期待することは、必ずしも適切ではないと考えられます。そうだとすると、純経済人には個人は含まれない、と解し、個人の行為については経済合理性をもって判断すべきではないと思われます。

 このように新しい特例納税猶予制度を利用する際の行為計算否認規定にはまだよくわからないことがあります。少なくとも節税目的以外の理由がない極端な行為の実行には慎重に取り組むことが大切です。

2018年10月26日 (担当:後 宏治)

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